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義経はどこまで生きていたのか

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この商品について

発売日:2016年11月18日

判型:B6判、232ページ

ISBN978-4-330-73016-5

著者:大貫 茂

 

 

史実としては、源義経は文治五年(1189)、平泉の持仏堂で自害し果てたと伝えられている。
しかし義経の伝説地は、岩手県と青森県に百カ所以上、北海道には百二十カ所以上もある。
そしてその伝説地は極端なものを除いてもほぼ一本の線につながるという。
本書はこの多くの伝説に興味をもった著者が、平泉以北の義経の足跡をたどり、独自の解釈でまとめた一冊。
「判官びいき」に訴える、歴史ロマンあふれる義経裏外史である。

 

 

【目次】

はじめに

おもな登場人物

義経北行伝説ルート

 

第一章    義経と奥州藤原氏(岩手県編1)

義経を平泉に誘った金売り吉次

義経、奥州の覇者・秀衡に会う

 紫波の鐙越で馬術を磨く

鎌倉幕府に追われ、再び平泉へ

 「月見の宴」での秀衡の遺言

 巧みな義経の替え玉作戦

 名門奥州藤原氏の滅亡

 

column.1 平泉・義経ゆかりの地さんぽ

 

第二章    懐深き奥州の山々へ(岩手県編2)

 義経の郎党は総勢十八名

 愛馬小黒号との別れ

 長者森の吉次舘を訪ねる

 静御前と四年ぶりの再会

 約束の地、横山八幡宮に集結

 義経を射ることをためらった畠山重忠

 常陸坊海尊との別れと八戸への船路

 

第三章    安住の地を求めて本州最果ての地へ(青森県編)

 無事に八戸の地へ上陸

 八戸で平泉以来の平穏な生活

 幕府の追討を逃れ、さらに北へ

 坂上田村麻呂の足跡に想いを馳せる

 判断を誤った義経、郎党四名を失う

 いで湯で疲れを癒やした義経一行

 十三湊にて秀栄との再会

 さらば本州、夢多き蝦夷地へ

 

第四章    蝦夷地で築かれた義経王国(北海道編)

 阿彌陀如来の助けを借りて松前へ

 箱舘で平和の喜びを満喫する

 松前から北上し、江差、積丹へ

 海の難所として知られていた神威岬

 ラルマナイ滝の砂金採り

 義経の試し切りの岩

 十勝を巡り、日高の平取へ

 「判官カムイ」と呼ばれ尊敬された義経

 

column.2 平取・義経伝説の地さんぽ

column.3 九郎判官義経、天寿を全うし、沙古丹に死す?

源九郎判官義経の年譜

 

 

【著者紹介】

大貫 茂

1933年横浜市生まれ。日本文藝家協会会員。
山と溪谷社勤務を経て、写真紀行作家として活躍。
植物写真に定評があり、出版した著書は、『花の古寺巡礼』(ぎょうせい)、『萬葉植物事典』(クレオ)、『桜伝説』(アーツアンドクラフツ)など100冊を超える。

 

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